2026年1月06日

「先生、食べられるようになりますか?」
「先生の見立てはどうでしょう?」
臨床の現場にいると、ほぼ必ずと言っていいほど受ける質問です。
この問いの背景には、「もう一度口から食べさせてあげたい」「この先どうなるのか知りたい」という切実な思いがあります。
だからこそ、私はこの質問に対して、軽々しく「できます」「できません」と答えることはしません。
まず最初に行うのは、イメージ、つまりゴールの共有です。
「食べられるようになった」とは、どのような状態を指しているのか。
少量でも安全に口から食べられることなのか、毎日の食事をすべて経口で摂取できることなのか。
この言葉の意味を整えないまま話を進めてしまうと、医療者と患者さん、ご家族の間で期待値のズレが生じ、後々大きな不安や不信感につながることがあります。
次に考えるのは、身体の状態です。
食べられるようになるためには、まず身体が「食べることに耐えられる状態」でなければなりません。
唾液を常に誤嚥している、食事をしていないにもかかわらず発熱が続いている、呼吸状態が不安定で酸素が必要な状態。
このような状況では、食べ物を使った直接的な嚥下訓練を行うことは現実的ではありません。
最低限の前提条件として重要なのは、唾液を自分で嚥下できていること、発熱がなく全身状態が安定していること、呼吸が落ち着いていることです。
これらが整ってはじめて、「食べる練習」を安全に始めることができます。
ただし、これらの条件が満たされていないからといって、「今は何もできない」というわけではありません。
むしろこの時期にこそ、非常に重要な役割を果たすのが口腔ケアです。
口腔内が不潔な状態では、誤嚥性肺炎のリスクが高まります。
一方で、適切な口腔ケアを行うことで、肺炎の予防につながることが知られています。
また、口腔内に付着した痂皮や汚れを丁寧に除去することで、舌や唇の動きが改善し、口腔機能そのものが向上することも少なくありません。
口腔ケアは「清掃」ではなく、「食べるための準備」であり、立派なリハビリの一環です。
全身状態が徐々に安定してくると、いよいよ食べ物を使った訓練を検討します。
その際には、食べ物の形態、姿勢、一口量、食べるペースなどを細かく調整しながら、安全に摂取できる条件を整えていきます。
この段階で可能になるのが、いわゆる「お楽しみ程度」に口から食べることです。
たとえ少量であっても、口から食べることには大きな意味があります。
味を感じること、香りを楽しむこと、「食べている」という実感を持つことは、生活の質や意欲に大きく影響します。
この状態を「食べられるようになった」というゴールとして設定することも、臨床では決して間違いではありません。
一方で、口から食べて生きていくためには、必要な栄養量を確保しなければならないという現実もあります。
口からの摂取だけでは栄養が足りない場合、経管栄養を併用、あるいは一時的に中心とすることを提案する場合もあります。
ここで誤解されやすいのですが、経管栄養を選択することは、「もう口から食べられない」という宣告ではありません。
むしろ、「食べられるようになるまでのリハビリ期間を、どう安全に、どう体力を落とさずに乗り切るか」という視点からの提案です。
十分な栄養があってこそ、リハビリは進み、回復の可能性も広がります。
「食べる」という行為は、単なる栄養摂取ではありません。
その人の人生や思い出、家族との時間、そして「生きる力」そのものと深く結びついています。
だからこそ私たちは、「できる」「できない」という二択ではなく、その人にとって最も現実的で、安全で、希望をつなげるゴールを一緒に考え続けていく必要があるのだと考えています。