2026年9月24日

「最近、食事中によくむせるようになった」
「以前は食べられたものが、食べにくくなってきた」
「食事に時間がかかるようになった」
高齢のご家族について、このような変化が気になっていませんか?
こうした「食べにくさ」や「飲み込みにくさ」の背景には、摂食嚥下障害(せっしょくえんげしょうがい)が隠れていることがあります。
摂食嚥下障害というと、「飲み込めない病気」というイメージを持たれる方もいるかもしれません。しかし実際には、食べ物を認識するところから、口に入れ、噛み、まとめ、のどへ送り、飲み込むまでの一連の「食べる機能」に関係する問題です。
今回は、摂食嚥下障害とは何か、なぜ起こるのか、どのような症状に注意すればよいのか、そして歯科ではどのような支援ができるのかについて、わかりやすく解説します。
【摂食嚥下障害とは?】
「摂食」と「嚥下」は、少し意味が違います。
摂食とは、食べ物を認識し、口に取り込み、噛んだり舌を動かしたりして、飲み込める状態にするまでの過程です。
嚥下とは、飲み込める状態になった食べ物や飲み物を、口からのど、食道を通して胃へ送り込む動作です。
つまり摂食嚥下とは、「食べる」という行為を成り立たせている一連の機能のことです。
私たちは普段、意識することなく食事をしています。
料理を見て「これは食べ物だ」と認識する。
口を開けて食べ物を取り込む。
歯で噛む。
舌を動かして食べ物をまとめる。
のどへ送り込む。
気管ではなく食道へ送り込む。
そして胃へ運ばれる。
この一連の動きが、ほとんど無意識に行われています。
しかし、病気や加齢などによって、このどこかの機能が低下すると、食事が難しくなることがあります。
それが摂食嚥下障害です。
「食べる」には、実はたくさんの機能が関係しています
食べるという行為は、単純に「飲み込む」だけではありません。
① 食べ物を認識する
目で料理を見たり、香りを感じたりして、「何を食べるのか」を認識します。
食べ物の硬さや温度、口当たりなどを予測することも、食事には重要です。
② 食べ物を口に取り込む
スプーンや箸から食べ物を口に入れたり、飲み物をコップから飲んだりします。
唇や頬、舌などがうまく働く必要があります。
③ 噛んで飲み込みやすくする
歯で食べ物を噛み砕き、舌や頬を使って唾液と混ぜ合わせます。
そして、飲み込みやすいまとまりにしていきます。
この段階では、歯や入れ歯、舌の動き、唾液の量などが大きく関係します。
④ のどへ送り、飲み込む
舌を使って食べ物をのどへ送り、嚥下反射によって食道へ送り込みます。
このとき、食べ物が気管に入らないように、呼吸と嚥下がうまく連携する必要があります。
⑤ 食道から胃へ運ぶ
食べ物が食道へ入ると、食道の動きによって胃へ運ばれていきます。
このように、「食べる」という何気ない行動には、多くの筋肉や神経、感覚が関わっています。
【摂食嚥下障害の原因】
摂食嚥下障害の原因は一つではありません。
加齢による口腔機能の低下
年齢を重ねると、舌や唇、頬などの筋力が低下したり、唾液が少なくなったりすることがあります。
また、外出する機会が減ったり、食事量が減ったりすると、「食べる」という機能を使う機会そのものが少なくなります。
こうした変化が積み重なることで、少しずつ食べる力が低下することがあります。
「年齢だから仕方がない」と思われがちな変化ですが、早く気づくことで対応できることもあります。
脳卒中などの病気
脳梗塞や脳出血などを経験すると、舌や口、のどを動かす機能が低下することがあります。
これまで普通に食べていた方が、病気をきっかけに急に食べにくくなることもあります。
神経や筋肉の病気
パーキンソン病やALSなどの神経・筋疾患でも、摂食嚥下機能が低下することがあります。
病気の進行や状態に応じて、食事の方法や姿勢、食形態などを調整していくことが大切です。
歯や入れ歯の問題
歯が痛い、歯が抜けている、入れ歯が合わない。
こうした問題も「食べる力」に大きく影響します。
十分に噛めなければ、食べ物を飲み込みやすい状態にまとめることが難しくなります。
「飲み込みの問題だから歯科とは関係ない」と思わず、まず口の状態を確認することも重要です。
低栄養・体力低下
食べにくくなると食事量が減り、栄養不足になることがあります。
そして、栄養が不足すると筋肉量が減少し、舌やのどの筋肉も弱くなって、さらに食べにくくなる。
このような悪循環に陥ることがあります。
そのため、摂食嚥下障害を考えるときには、「飲み込み」だけではなく、栄養状態や全身の体力も一緒に考えることが大切です。
こんな変化があったら要注意
摂食嚥下障害のサインは「むせる」だけではありません。
次のような変化がないか確認してみましょう。
・食事中によくむせる
・水やお茶でむせる
・以前より食事に時間がかかる
・食べられる量が減ってきた
・硬いものが食べにくくなった
・口の中に食べ物が残る
・飲み込んだ後に咳が出る
・食後に痰が増える
・食事をすると疲れる
・体重が減ってきた
・食べることを嫌がるようになった
・以前好きだったものを食べなくなった
・肺炎を繰り返している
・入れ歯が合わなくなった
特に注意したいのが、「むせないから大丈夫」とは限らないということです。
飲み込んだものが気管に入っても、咳をする力が弱くなっていると、十分に外へ出せない場合があります。
そのため、「むせていないから問題ない」と決めつけず、食事量や食事時間、体重なども含めて全体を見ることが大切です。
【摂食嚥下障害と誤嚥性肺炎】
摂食嚥下障害と聞いて、多くの方が心配されるのが「誤嚥性肺炎」です。
誤嚥とは、食べ物や飲み物、唾液などが、本来通るべき食道ではなく気管へ入ってしまうことです。
誤嚥したものが肺に入り、肺炎につながることがあります。
特に高齢者では、口腔内の細菌、嚥下機能、全身状態など、さまざまな要因が重なって肺炎のリスクが高くなることがあります。
だからこそ、摂食嚥下機能を確認すると同時に、口の中を清潔に保つことも大切です。
口腔ケアは、単に「歯をきれいにする」ためだけのものではありません。
食べるための口を整え、全身の健康を守るための大切なケアです。
【摂食嚥下障害の対策】
では、摂食嚥下障害が疑われる場合、何をすればよいのでしょうか。
まずは口の状態を確認する
むし歯や歯周病、歯の欠損、入れ歯の不具合がないかを確認します。
「硬いものが食べにくい」という症状が、実は歯の痛みや入れ歯の問題から起こっていることもあります。
食事の姿勢を整える
食事中の姿勢も重要です。
身体が安定しているか、頭や首が大きく傾いていないか、足が安定しているかなどを確認します。
ただし、適切な姿勢は一人ひとり異なります。
特に嚥下障害がある方は、専門職に評価してもらうことをおすすめします。
食べ物の形態を調整する
食べ物の硬さ、大きさ、まとまりやすさなどを、その人の機能に合わせて調整します。
必要に応じて、とろみをつけることもあります。
ただし、「柔らかければ安全」「とろみをつければ大丈夫」と単純に考えることはできません。
その人が何を食べられるのか、どのくらい食べられるのかを評価しながら調整することが重要です。
口腔ケアを行う
歯だけでなく、舌や頬、入れ歯なども含めて口の中を清潔に保ちます。
特に自分で十分に歯磨きができない方の場合は、周囲のサポートも必要になります。
口や舌をしっかり使う
唇や舌、頬などを動かすことは、食べる機能を維持するために重要です。
口腔体操や発音練習、舌の運動などを行うこともあります。
ただし、訓練内容はその人の状態によって異なるため、自己流で無理に行うのではなく、歯科医師や歯科衛生士、言語聴覚士などに相談するとよいでしょう。
【歯科では何ができる?】
摂食嚥下障害に対して、歯科ではさまざまな角度から支援することができます。
歯や歯周病の治療、入れ歯の調整、口腔ケアだけではありません。
舌や唇などの口腔機能を確認したり、食事の様子を見たり、必要に応じて嚥下機能を評価したりします。
さらに、必要に応じて嚥下内視鏡検査(VE)などを用いて、のどの状態を確認することもあります。
大切なのは、「歯科だから歯だけを見る」ということではなく、口から食べることを一つの生活機能として考えることです。
「もう食べられない」と決める前に
摂食嚥下障害のある方を診療していると、
「もう食べられないと言われました」
という相談を受けることがあります。
もちろん、誤嚥や窒息などのリスクを考え、安全を確保することは非常に重要です。
一方で、摂食嚥下機能が低下したからといって、すべての人が同じように食べられなくなるわけではありません。
「何なら食べられるのか」
「どのくらいなら食べられるのか」
「姿勢を変えたらどうか」
「入れ歯を調整したらどうか」
「食形態を工夫したらどうか」
「口腔ケアをしたらどうか」
その人の状態を一つひとつ確認しながら、「食べられる方法」を探していくことが大切です。
そして、食べることを考えるときには、医学的な安全性だけでなく、本人が何を食べたいのか、どんな生活を送りたいのかも大切な視点になります。
食事は、栄養を摂るためだけのものではありません。
家族と一緒に食卓を囲むこと。
好きなものを味わうこと。
季節の料理を楽しむこと。
「おいしいね」と誰かと話すこと。
それらも、その人らしい生活の一部です。
【「食べる」を支えるために】
摂食嚥下障害は、年齢や病気だけで決まるものではありません。
歯、入れ歯、舌、口の中、のど、姿勢、栄養、全身状態、そして食事環境。
さまざまな要素が関係しています。
だからこそ、一つの方法だけで解決しようとするのではなく、その人全体を見ながら支えていくことが大切です。
「最近、むせるようになった」
「食べる量が減った」
「食事に時間がかかる」
「硬いものが食べられなくなった」
そんな小さな変化は、口や飲み込みの機能を見直すきっかけかもしれません。
気になる症状があれば、歯科医師や医師、歯科衛生士、言語聴覚士、管理栄養士などの専門職に相談してみましょう。
たのしみ歯科では、歯や入れ歯を治すことだけを目的とするのではなく、「食べる」ことを生活の中で支える歯科医療を大切にしています。
食べることは、生きること。
そして、「何を食べるか」だけでなく、「誰と、どこで、どんなふうに食べるか」も、その人らしい生活につながっています。
「もう食べられない」と決めつけるのではなく、
「どうしたら食べられるか?」
を一緒に考える。
それが、私たちが大切にしている「食べるを支える」歯科医療です。
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